長崎県立長崎北高等学校9回生の Home Page

同窓会会長 : 山 下 俊 夫

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みなさんからのコメント募集〜♪


 35年ぶりの雲仙合宿
長崎新聞「水と空」
 (2010年7月3日付)

 高校を卒業して35年になるが、これまで1回も同窓会に出席したことがない。転勤や仕事が忙しかった時期と重なったのが理由だが、思えば随分と不義理を重ねてきた▲当時は1学年13クラス、同期生は約580人。同窓会名簿を読み返すと、卒業以来ごぶさたの友人がかなりいる。また、物故者が意外と多いのにも驚く。病気や事故、自殺…。かつて同じ時間や空間を共に過ごした仲間に、もう会うことができないのかと思うと寂しい▲高校時代の思い出の一つに「雲仙合宿」がある。2、3年時の夏休みに1週間ほど冷涼な雲仙のホテルで集団生活をしながら勉強に集中し、学力の向上を図るのが目的。だが、中には寝ている同級生の顔にフェルトペンで落書きをしたり、勉強そっちのけでゲームに興じる連中もいた▲今月10日、同期生だけの同窓会が5年ぶりに開かれることになった。しかも場所は雲仙。付いたタイトルも「35年ぶりの雲仙合宿」だ▲合宿には勉強道具以外に家から持参する物があった。それは電気スタンド。同窓会の案内状にも「どうしても勉強がしたい人は電気スタンド持参のこと」とあった▲35年という歳月が、今回の「雲仙合宿」に持参する“電気スタンド”なのだろう。今回も都合で参加できなくなったが、それぞれの高校時代の武勇伝や卒業後の人生、懐
かしい友人の消息などを語り明かせる日を心待ちにしている。(裕)

長崎新聞 報道部長 大島信裕君が同窓ということで、記事にして下さいました♪


長崎北高9回生 卒業35周年記念同窓会     2010/07/11

 2年生の担任時代の思い出

                                      藤田 直志
 みなさんこんばんは。
 諸君と35年ぶりにお会いできて、心から嬉しく感激しています。
 私が諸君と過ごしたのは、昭和48年4月、諸君が2年生になってからのことでした。
 まだ若かった私には気負ったところがあり、「高校の3年間では2年という学年が一番大事な学年だ。」と思い込んでいました。その思いから、たとえば、倫理・社会の授業では、諸君に対して「北高生はかくありたい。」という願いが大変強いものになっていました。
 2年2組の学級担任としては、クラス全員との面接・面談を年間通して何回も行いましたね。また、一人一人に毎日の学習記録を書いて一週間分の「学習状況表」を提出させていましたね。その表に私の下手クソな字で所感を書いて返していたのですが、そんなことを夏休み中も往復したことを思い出します。それは、私の若さゆえの気負いから、無理な課題とも言えることを、クラスの諸君に強いたものでありました。
 気負いすぎだった自分を振り返ると、内心忸怩たるものがあります。中には、その学習記録の中で、真剣に勉強時間の有効な活かし方を考えてくれる人もありました。
 2年生のクラスは自然学級でした。文系・理系の選択をしなければならなくなって質問されました。「先生、法学部と医学部と体力がいる仕事はどっちですか。」と。
 そんなことを尋ねた人が、今やその道の専門家です。
 また、ある人は、私のあばら屋を訪ねてくれて、人生はどう生きたらいいのか、と長い時間、一緒に考えたこともありました。諸君の高校時代もほんとうにいろいろあったなぁ、と振り返って懐かしく思います。
 教師として、そんな諸君の北高時代をふり返って、私は、皆よく遊び、楽しみ、そしてよく学んだ人が多かったのではないか、と思います。しかし、君達の生活には骨身にこたえるまでの緊張感と規律もありました。
 部活動をしている諸君には、部活動と勉学の両立ということを"巷の卑俗をよそに見て"やり抜こうとするモラール、「士気」がありました。それが、北高の伝統になっていったと思います。
 そして、諸君の過ごした3年間というのは、いわば、北高という学校が、創業の十年が過ぎて、さらに厳しい守成の十年が始まった時に9回生は過ごしたんだなぁと思います。
 諸君とこうやって35年ぶりに再会することができ、往時をたいへん懐かしく思い出します。そして、皆さんが、当時のハツラツとした雰囲気を、今ももちろんもち続けていると知って、これ以上、嬉しいことはありません。
 本日は、お招き頂いて、本当にありがとうございました。





お礼
                                        2010/07/14

 同窓会に参加させていただき、有難うございました。
しかも石田女将の「東園」で「雲仙合宿」という粋で豪華な企画に感心させられました。
 時間と共に当時の高校生に戻り、目を輝かせて語り合っている皆を眺めながら、私までも心はあの頃に飛んでいました。皆の北高入学と同時に私も赴任し、がむしゃらに皆といっしょに突き進んでいたような思いがよみがえってきました。
 ああこれが「同じ釜の飯」そして「明日への活力」なんだと実感しました。
 もう74才ですが、まだまだ長生きして、皆の活躍をもっともっと見たり聞いたりしたいという意欲を高めてもらったと思います。
 どうかこれからも、社会への貢献に尽力されるよう頑張ってください。
 同窓会のホームページも時々見させてもらいます。
 とりあえずお礼まで。

                                    藤尾茂春






開催日の会長挨拶


 みなさん、こんばんは。長崎北高9回生同窓会会長の山下です。
 今日は、ようこそ、35年ぶりの雲仙合宿においで下さいました。正直言いまして、同窓会を雲仙で開催しても、3,40人も集まればいい方ではないかと心配しておりました。ところが、予想をはるかに上回る約80人ものご参加を頂き、また、先生方も、6人も御参加頂き、今回の企画を立てた甲斐があったと大変うれしく思っております。
 これだけの参加を頂けたのも、やはり、私たちの青春の1ページである「雲仙合宿」という言葉に、みなさんの琴線に触れるものがあったからだと思います。今日受付で皆さんにお配りした長崎新聞のコラム「水や空」は、同級生で現在長崎新聞の報道部長を務めている大島信裕君の記事ですが、今回の雲仙合宿に臨む私たちの気持ちをうまく表現してくれていると思います。
 あの当時、男子生徒が合宿した旅館はもうなくなっておりますが、今回は、石田さんの特別のご協力により、東園という長崎が全国に誇れる名旅館で開催することができました。 改めて、石田さんにはお礼を申し上げます。
 ところで、35年前の雲仙合宿では、雑念が入らないようにという学校側の「温かい」ご配慮で、旅館は男女別々、朝の散歩も男女で時間帯をずらして顔を合わさないにようという徹底ぶりでしたが、今回は、男女同宿ということです。50代半ばになろうとするおじさんおばさんの集まりですので、今さら間違いは起こらないとは思いますが、今夜は、「倫理社会」の藤田先生もいらっしゃいますので、「人の倫理」に悖るような事態が起こらないように宜しくお願いいたします。
 なお、今日は、一部屋、予備の部屋を用意してもらいました。電気スタンドと勉強道具を本当に持ってきた田端君は、2次会のときは、そこで一人で勉強に励んで、再び「東大一直線」目指してください。
 最後になりましたが、今回の合宿を開催するにあたりましては、多数の実行委員の皆さんのご協力があったことをご紹介しておきます。立って頂いてよろしいですか。拍手をお願いいたします。
 それでは、夜は長うございます。久しぶりの同窓会です。どうぞ、ゆっくりご歓談ください。

              会 長    山 下 俊 夫